火宅の喩え
さとりの岸に立って、迷いの海に沈み、苦しんでいる人びとに仏のことばは届かない。
だから、仏は、自ら迷いの海に身を投じてあらゆる手立てで衆生のことを救おうとしている。
ここに一つの比喩(たとえ)がある。
あるところに長者がおった。
ある日、町外れまで出かけ、屋敷へと戻ってみると家中が火の海に、炎が今にもすべてを焼き尽くそうと激しく燃えさかっていた。
ハッとみると、中には遊びに夢中になっている子供達の姿が、長者の目に飛び込んできた。
慌て大声で子供達に「危ないから逃げなさい!!」と、どんなに呼び掛けても子供達の耳にはいっこうに届かない。
最後に「子供たちよ、ここにとっても珍しいおもちゃがある。早くこのおもちゃをとりにおいで」。
その声を聞いた子供達は喜び勇んで長者のもとへとかけよってきた。
無事に火の家から飛び出し、災いから免れることができた。
この世はまことに火の家である。
ところが、人びとは家が燃えていることを知らず、見ず、聞かず、焼け死ぬかも知れない恐れの中で未だ享楽にふけいっている。
仏は大悲の心から限りなくさまざな手段をはりめぐらせて人々を救おうとしている。
『法華経 譬喩品』
追記 皆さん、おはようございます。
朝晩まだまだ肌寒く感じますね。
ところで、先日ある悩み相談を受けていた時のこと。
ふと気がつくと、そのご相談者のすぐ近くには仏様の姿が。
しかし、相談者ご本人はご自身の悩み事に心を囚われ… 仏様の呼びかける声が何一つ届いていないご様子。
まさにその時に「火宅の喩え」という教えが浮かびました。
仏様を見えなく、聞こえなく、遠くへと追いやっているのは一体誰なのか…
来月に東京で初の「法話会」を開催いたします。
ご興味のある方は当方のブログをご参照いただけると幸いです。
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それでは、来月も素晴らしい実りの多いお時間を皆様方、そして、仏様と共に。
合掌
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