百八の苦しみ

年の瀬ともあって皆さん方も大変忙しい日々をお過ごしのことかと存じます。


もうすぐ新年を迎えますね。今年一年のやり残しはありませんか。また新しい一年をスタートさせる準備はもうおすみでしょうか。


ところで、大晦日には「除夜の鐘」が鳴らされ新しい一年の無病息災等を祈ります。


鐘を撞く回数は”煩悩の数”ともされています。煩悩とは、人の心を惑わせ、苦しめ悩ませ苦悩させる心のはたらきのことです。


一般的に、数珠の顆も同じく百八です。


では、この煩悩の数はどこからきたのでしょうか。


一説によると、人間の認識の根幹である「眼・耳・鼻・舌・身・意」(六根:ろつこん)に、眼に見えるもの(色:しき)、耳に聴こえるもの(声:しょう)、鼻で嗅げるもの(香:こう)、舌で味わえるもの(味:み)、身(からだ)で触れるもの(触:しょく)、意(おもい)に感ずるもの(法:ほう)、すなわち「色・声・香・味・触・法」の六竟(ろっきょう)を掛け合わせ、さらに「過去世」・「現在世」・「未来世」の「三世」をかけた数とされています。


つまり、「眼・耳・鼻・舌・身・意」(六根:ろつこん) ✕ 「色・声・香・味・触・法」の六竟(ろっきょう) ✕ 「三世」(過去世・現在世・未来世)= 合計108(6✕6✕3)です。


数珠のことを念珠ともいいます。これは、お祈りする時にさまざな「思い」が込められ、その持ち主の「分身ともなる大切な法具」という意味が込められているそうです。

そこで、年末や年始の初詣の時にでもポケットやカバンにご自身の数珠を、念珠をお持ちになられて出かけてみてはいかがでしょうか。


まさに、『一念天に通ず』、何か不思議なことが、大変に有り難い御利益を授かるやもしれませんね。


合掌

Buddhism ascetic priest

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