「三毒」(貪・瞋・癡)
なぜ、人は悩むのだろうか。
なぜ、人は迷うのだろうか。
なぜ、人は苦しむのだろう。
仏教では、「三毒」(貪・瞋・癡)の「煩悩」が説かれている。
「むさぼり」・「いかり」・「まよい」。
煩悩とは、まさに私達を苦しめる「苦」の原因である。
日々生きていれば、いろいろな出来事が起こる。
怒りに我を忘れてしまいそうになることもある。 理不尽に、不平等に感じることもある。 他と比べては、己を卑下し、惨めな気持ちになることもある。
だからといって、相手を憎んだり、呪ったり、嫉妬したり、妬み怨み続ける生き方に明るい未来がはたして訪れるのだろうか。
いつまでも心を囚われ続けていては大切な何かに、大切な誰かに出会えないように思う。
人は、誰でも心に三毒をもつ。
心無い態度、気遣いのない言葉、思い遣りの欠けた接し方では、自他共の心の三毒がどんどんと大きくなる。
この世は助け合い、支え合い、自他共の心の三毒を少しでも減らすことができるように、そう願い日々を送る。
この世で生きるということは、まさに「煩悩」と常に背中合わせで生きていかなければならない。
しかし、それを苦しみとして終わらせてしまうのか、仏となる道、大悟成道(だいごじょうどう)への道に変えていくのかは私達の心ひとつ。
行動、姿勢、態度、一つ、一つの所作・動作に気を配り、心を込め、仏を宿す。
今日も、他の人の心の仏に供養し、自身の内なる仏にも供養し、天の仏にも供養す。
三毒なる煩悩を、覚者(ブッタ)となるための勇気に昇華させるために。
合掌
(追記) 皆さん、おはようございます。
写真はチベット語の『般若心経』というお経です。
わずか数百文字の中には、この世の「真理」が秘められていると…
最近このお経にまつわる夢をよく見ます。
昔あるラマ僧から夢は死後の世界へと繋がっている・・・というような不思議な話を聞いたことがあります。
過去・現在・未来の三世、仏の世界ともすべては夢で繋がっているとも・・・。
またこうしたお話も明後日の瞑想会、来月の「法話会」等でもお話できればと思います。
「タヤターガ・テー ガ・テー パー・ラ ガ・テー パー・ラ サムガ・テー ボーディ ソーハー」
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